
最近ずっと考えていた。
私は何をしたいんだろう。
何者になりたいんだろう。
歌なのか。
配信なのか。
noteなのか。
そんなことを考えながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしていた。
でも、ある日ふと思った。
「あれ、私もうやってない?」
って。
—
私は今、就労支援でショート動画の台本を書いている。
気づけば1日に何本も書いている。
ポスターも作った。
毎日AIと壁打ちしている。
気になったことを掘って、
考えて、
整理して、
言葉にしている。
昔の私なら、
「まだ何も始まってない」
と思っていたかもしれない。
でも今振り返ると違う。
私はもう始めていた。
—
私はずっと、
「何をする人なのか」
を探していた。
歌う人?
配信する人?
クリエイター?
発信者?
でも最近わかってきた。
私はたぶん、
「問いを掘る人」
なんだと思う。
—
恋愛のこともそう。
仕事のこともそう。
生き方のこともそう。
私は答えが欲しいというより、
「なんでそうなるんだろう」
が気になる。
だから同じ話を何回もする。
同じテーマを何回も掘る。
普通なら飽きるような話でも、
私はまだ掘れる。
むしろそこからが面白い。
—
前は、思いついたらすぐ形にしなきゃと思っていた。
noteを書かなきゃ。
投稿しなきゃ。
発信しなきゃ。
でも最近は少し変わった。
発酵を待てるようになった。
同じテーマが何度も出てきて、
何回も考えて、
自然とまとまり始めたら記事にする。
それでいいんじゃないかと思うようになった。
—
安心もそうだった。
私はずっと安心を探していた。
誰かがくれたら安心できると思っていた。
でも最近思う。
安心って人じゃないのかもしれない。
状態なのかもしれない。
散歩した日。
カフェラテを飲んだ日。
はむっちを見て笑った日。
誰かと少し話した日。
そんな小さな安心を積み重ねてできるものなのかもしれない。
—
だから今の私にできることは何か。
きっとすごくシンプルだ。
観察を続けること。
自分を観察する。
人を観察する。
世界を観察する。
そして、面白いと思ったことを言葉にする。
何者かになろうとしなくてもいい。
私はたぶん、もう始まっている。
研究は、もうずっと前から始まっていたのだから。