腹筋を割るために生きてない

今日、私はマックフロートを飲んだ。

正確に言うと、マックフロートを頼んだはずなのに、出てきたのはほぼ「ハードクリーム」だった。

ソフトクリームが全然ソフトじゃない。

もはや石。

「これはソフトクリームではない」 「ハードクリームだ」

と、一人で笑っていた。

そんな話から、なぜかダイエットの話になった。

最近ちょっと思う。

お腹がぷよぷよしている。

別に深刻ではない。

でも、鏡を見ると

「あー、ちょっと気になるなぁ」

とは思う。

だからダイエットしたい気持ちもある。

でも同時に、

「短期で痩せる方法」

にはあまり興味がない。

知りたいのは、

これから先も続けられる健康の形だ。

そこでふと思った。

私はお腹のぷよぷよを敵として見ているけど、

はむっちだったらどうだろう。

うちのハムスターは少し丸い。

回し車を走り、

床材を口いっぱいに詰め込み、

途中でボロボロ落とし、

また拾い集めている。

その姿を見て私は思う。

「可愛いなぁ」

と。

不思議だ。

はむっちが丸くても可愛いのに、

人間になると急に

「この腹は許せない」

になる。

なぜだろう。

たぶん、人間はお腹そのものを見ているわけじゃない。

お腹に意味を乗せている。

太った。

自己管理できていない。

だらけた。

魅力が下がった。

そんな物語を勝手に貼り付けている。

でも、はむっちにはそんなこと思わない。

はむっちはただ、

必死に生きているだけだからだ。

考えてみると、

私だってそうだった。

ここ数年、

しんどい時期もあった。

退職もした。

生活も変わった。

通院も続けた。

少しずつ立て直してきた。

今のお腹は、

怠慢の証拠というより、

その期間を生き抜いた結果かもしれない。

もちろん、

引き締まったら嬉しい。

動きやすくなったら嬉しい。

健康になったら嬉しい。

でも、

そこで気づいた。

私はいつの間にか

痩せることを目的にしそうになっていた。

本来は違う。

健康は生きるための手段だ。

ダイエットも生きやすくするための手段だ。

仕事もそう。

お金もそう。

発信もそう。

本当は全部、

人生を豊かにするための道具だったはずなのに、

気づくと道具そのものが目的になる。

人間はよく迷子になる。

仕事をするために生きているのか。

お金を稼ぐために生きているのか。

痩せるために生きているのか。

発信を続けるために生きているのか。

違うはずなのに、

いつの間にか逆転している。

そこで思い出したい。

はむっちは腹筋を割るために生きていない。

走りたいから走る。

食べたいから食べる。

眠いから寝る。

今日も生きるために生きている。

ただそれだけだ。

だから私も、

腹筋を割るために生きなくていい。

少し散歩して、

たまにハードクリームを飲んで、

笑って、

考えて、

また生きる。

その結果として、

お腹が少し引っ込んだらラッキーだ。

人生の主役はお腹じゃない。

私だ。

お腹はせいぜい、

「備蓄担当課長」くらいのポジションで十分なのである。 🐹🍦🌱