カラオケ大会の在り方

今回、
初めてカラオケ大会というものに出たが、

これは運営がしっかりしていないと

ただの遊びだ。

そう思った理由を

論理的かつ客観的に

考察したい。

カラオケ大会とは

カラオケの定義

まずカラオケとは、カバーだ。

オリジナル曲は本物だが、

カラオケはどうしても2番手になる。

賞金を出す意味

ただの人集めなのかもしれない。

私は賞金がなくても歌いたい。

賞金におびき寄せるように
集客しているのかもしれない。

それだけ、
運営が困っているのかもしれない。

治安

このカラオケ大会は

お客さん=身内の親

だった。

組織票、公平性を疑ってしまう。

審査員の姿勢

審査員が、1人しかいなかった。

そして、最後の講評で「60人も見るのは疲れました笑」発言。

本当に、責任感を持ってほしい。

歌う側でなく、

審査する側が。

一つの審査でその人の未来が決まったりすることもある。

これはカラオケ大会だけでない。

オーディション、お笑いコンテストなどもそう。

その人の主観で、

気分で決めるというのがいかに愚かか。

だとしても、審査員は1人ではいけない。

審査が偏るに決まっている。

観客の集客力

9割が出演者で、

お客さんは10人もいなかった。

しかも全員、身内の親など…

投票制にしたとして、

自分の子供以外に入れる親がいるだろうか…?

本当に、

運営会社を疑ってしまう。

感想

私は素人として出た記憶はない。

審査員は「みんな素人の大会ですが…」とか言っていた。

そんな会社がアーティストなど輩出してはいけない。
責任感が薄すぎる。

私はちゃんと、歌を持っていった。

作品として。

それを、「身振り手振りの少ない人ばかりで表現力が感じられない」という講評はどうなのだろう。

逆に、身振り手振りがあったら予選に通過していたのか?

本当に、

審査員1人で、しかもお客さんは親で、

最後の講評で「聞くの疲れました笑」発言には呆れる。

逆に、そんな「素人」が審査をしていいのだろうか?

私はちゃんと歌った。

それを最後に、「聞くの疲れました笑」は本当に、なんだか悲しかった。

そんな「素人」が審査した感想など要らなかった。

表現は自由であるべきだ

こんなちっぽけな大会に囚われたくはない。

そう強く思った。

無名でいいし、

功績もいらない。

でも、素直に正直に表現したい。

そう思わせてくれた。

だから、

いい経験ではあった。

でもちょっと悲しかった。

こんな人がアーティストをプロデュースしてるんだと思った。

私と同じ気持ちの人がいるといいけどね。

そう思った地方の予選大会であった。