最近、家族との会話で面白い発見があった。
私は昔から、人と話すときに「なぜそうなるのか」を考えるのが好きだ。
答えそのものよりも、そこに至る過程のほうに興味がある。
だから何かを相談するときも、本当に欲しいのは答えではない。
一緒に考える時間だったりする。
例えば、
「免許を取ろうかな」
という話をしたとする。
私の頭の中では、
・本当に必要なのか
・今の生活との相性はどうか
・維持費はどうか
・将来どんな暮らしをしたいのか
そんなことが同時進行で広がっている。
まだ結論は出ていない。
むしろ、その会議自体を楽しんでいる。
ところが家族から返ってくるのは、
「取ったらいいじゃん」
だったり、
「お金出すから取れば?」
だったりする。
もちろん親切心だ。
助けようとしてくれているのも分かる。
でも私は少しモヤモヤしてしまう。
なぜなら、私が欲しかったのは答えではなく、一緒に考える時間だったからだ。
そんなことを考えていたとき、ふと思った。
もしかして私たちは、使っている思考ツールが違うだけなのかもしれない。
私は頭の中で、アイデアや仮説を並べながら考える。
完成前の状態を眺めるのが好きだ。
一方で家族は、
「で、結論は?」
「じゃあこうすればいい」
という方向に向かう。
どちらが正しいという話ではない。
使っているソフトが違うだけだ。
私はCanvaを開いている。
まだ途中のアイデアを並べたり消したりしながら考えている。
でも相手はPowerPointを開いている。
結論を整理して発表する準備をしている。
だから会話が噛み合わない。
私は会議をしたい。
相手は決裁をしたい。
以前は、
「なんで分かってくれないんだろう」
と思っていた。
でも最近は、
「使っているツールが違うんだな」
と思うようになった。
そう考えると少し楽になる。
相手を変えようとしなくていいし、自分を責める必要もない。
ただ、同じソフトを使っている人と話すと、不思議なくらい会話が弾む。
結論が出なくても楽しい。
仮説を並べているだけで面白い。
私はきっと、答えが好きなんじゃない。
会議が好きなんだと思う。
そして世の中には、会議が好きな人と、結論が好きな人がいる。
最近はそんなふうに考えている。