最近、ふと思った。
私は好きな人に会いたいだけなのに、好きな人のほうが将来のこと考えてない?と。
もちろん本当に何を考えているかは本人しか分からない。
でも、返信のペースや反応を見ていると、
「そんなに考えることある?」
と思ってしまう。
そして、その瞬間に気づいた。
いや、昔の私も同じだったな、と。
—
私は昔から考えることが好きだった。
人間観察も好き。
自己理解も好き。
哲学っぽい話も好き。
だからAIと何時間も壁打ちできるし、一つのテーマを何日も掘り続けることもある。
でも、今振り返ると、
「考えることが好き」
と
「不安だから考え続ける」
は別物だった。
—
昔の私は、
答えが出れば安心できると思っていた。
この仕事でいいのか。
この人はどう思っているのか。
将来どうなるのか。
私は何をしたいのか。
何度も考えた。
同じ場所をぐるぐる回りながら。
でも不思議なことに、
考えれば考えるほど安心するわけではなかった。
むしろ疲れる。
頭の中に会議室があって、
24時間ずっと会議が続いている感じだった。
—
最近は少し変わった。
答えを出す前に、
安心を作るようになった。
休みたいなら休む。
散歩したいなら散歩する。
お腹が空いたら食べる。
眠かったら寝る。
はむっちが回し車を爆走していたら観察する。
そんな当たり前のことをする。
すると不思議と、
人生の問題が全部解決したわけではないのに、前より落ち着いている。
—
AIとの壁打ちも同じだ。
私はよく「考えている」と言われるけれど、
実は少し違う。
私がやっているのは、
頭の中を整理しているだけだ。
荷物を全部机の上に出して、
要るものと要らないものを分けて、
残りは冷凍保存している。
考えるために考えているわけではない。
生きやすくなるために整理している。
—
だから最近は、
答えが出ないことをそのまま置いておくことも増えた。
好きな人が何を考えているのか。
将来どうなるのか。
それは正直分からない。
分からないものは分からない。
でも私は会いたい。
それだけは分かる。
だったら今はそれでいい。
—
考えることは好きだ。
たぶんこれからも好きだと思う。
でも、
考え続けることが正解ではない。
安心は答えから生まれるわけじゃない。
「今日はここまででいいや」
と区切れるところから生まれる。
最近の私は、そんなことを少しずつ覚え始めている。🌱
—
あと、はむっちを見ていると本当に思う。
ハムスターは将来について会議しない。
床材を運び、回し車を回し、ご飯を食べて寝る。
たぶんあれが生き物としては正常運転なんだろう。
人間は少し考えすぎる。笑
だから私は今日もたまに思う。
「そんなに考えてたら頭おかしくなるぞー」
と。
それは好きな人に向けた言葉でもあり、
昔の自分に向けた言葉でもあるのかもしれない。🐹🌱