安心を成果と交換し続けた話

私は長い間、

安心は頑張った人だけがもらえるものだと思っていた。

テストで良い点を取れたら安心。

仕事を覚えたら安心。

誰かに認められたら安心。

お金が増えたら安心。

恋人ができたら安心。

だから私は、

安心が欲しくて頑張っていた。

今思うと少し不思議だ。

だって、

安心したかっただけなのに、

やっていることはずっと努力だった。

安心は欲しい。

でも安心するためには頑張らなきゃいけない。

頑張る。

少し安心する。

でもまた不安になる。

だからまた頑張る。

まるで、

安心と成果を交換するゲームだった。

問題は、

このゲームに終わりがなかったことだ。

仕事を覚えた。

でも次は評価が気になる。

評価された。

でも次は将来が気になる。

将来が少し見えた。

でも次は人間関係が気になる。

安心はいつも目の前にぶら下がっている。

でも絶対に捕まらない。

私はずっと、

あと少し頑張れば安心できると思っていた。

でもある時、

ふと思った。

もし安心が成果の報酬なら、

一生安心できなくない?

だって人間には次がある。

終わりがない。

もっと。

さらに。

その先へ。

そうやって走り続けられる人もいる。

それが楽しい人もいる。

でも私は違った。

疲れていた。

本当は、

少し座りたかった。

少し休みたかった。

少し安心したかった。

なのに私は、

安心するためにさらに走ろうとしていた。

今思うと、

だいぶ無茶な話である。

喉が渇いている人が、

水を飲む前にマラソンしているようなものだ。

最近は考え方が変わった。

安心は交換券じゃない。

成果と引き換えにもらうものじゃない。

安心した状態で頑張ってもいい。

安心した状態で働いてもいい。

安心した状態で挑戦してもいい。

昔の私は、

安心はゴールだと思っていた。

今の私は、

安心はスタート地点かもしれないと思っている。

まだ完全には慣れない。

たまに昔の癖が出る。

成果を集めたくなる。

証明したくなる。

走りたくなる。

でもそのたびに思い出す。

私はもう、

安心と成果を交換しなくてもいい。

成果がある日も。

成果がない日も。

今日ここにいるだけで、

安心していいのかもしれない。