私はYouTubeを見ているんじゃない。人間を見ている。

最近気づいたことがある。

私はYouTube分析が好きなんじゃない。

人間分析が好きなんだ。

最初は「なんでこの動画伸びてるんだろう?」から始まる。

でも気づいたら、

「なんでこの人はこういう話し方をするんだろう?」

「なんでこの企画を思いついたんだろう?」

「なんで私は最後まで見たんだろう?」

そんなことばかり考えている。

普通は動画を見る。

私は動画の向こう側を見る。

だから、動画を見ているようで実は見ていない。

見ているのは人間だ。

配信者もそう。

B型の代表さんもそう。

はむっちもそう。

そして自分自身もそう。

興味がある対象はバラバラなのに、やっていることは全部同じだった。

「この生き物は何を考えているんだろう?」

それを観察している。

私は昔から答えそのものにはあまり興味がない。

むしろ、その答えに至るまでの道のりが気になる。

成功した。

へぇ。

でも、なぜ成功したの?

好きになった。

へぇ。

でも、なぜ好きになったの?

そうやって私はいつも裏側を覗こうとする。

だからYouTube分析をしているときも、マーケティングをしている感覚はあまりない。

人間観察をしている感覚の方が近い。

動画は研究材料。

コメント欄も研究材料。

サムネイルも研究材料。

全部、人間を理解するためのヒントだ。

そう考えると、私の趣味は少し変わっているのかもしれない。

映画を見る人。

ゲームをする人。

スポーツをする人。

私は人間を観察する。

しかも飽きない。

人間は複雑で、矛盾していて、予想外だからだ。

だから私は今日もYouTubeを開く。

動画を見るためではない。

人間を見るために。