
私は長い間、居場所を探していた。
職場かもしれない。
コミュニティかもしれない。
恋人かもしれない。
どこかに、自分にぴったり合う場所がある気がしていた。
だから色々な場所を見てきた。
新しい環境に行くたびに少し期待した。
今度こそ安心できるかもしれない。
今度こそ落ち着けるかもしれない。
でも、不思議だった。
その時は楽しい。
居心地も悪くない。
なのに、しばらくするとまた別の場所を探し始める。
なぜだろう。
私はずっと、
「まだ合う場所が見つかっていないからだ」
と思っていた。
だから探し続けた。
職場を変えた。
コミュニティを見た。
配信もやった。
SNSも触った。
でも、ある時ふと気付いた。
私はどこへ行っても同じ悩みを抱えている。
職場を変えても私だった。
コミュニティを変えても私だった。
新しいことを始めても私だった。
当たり前なのだけど、その当たり前に気付いていなかった。
私は環境だけ移動させて、
不安を抱えた自分も一緒に連れて歩いていたのだ。
ここで研究テーマが変わった。
それまでの私は、
「どこへ行けば安心できるんだろう」
を考えていた。
でも本当に考えるべきだったのは、
「私は今、安心できているだろうか」
だったのかもしれない。
そこから少しずつ実験が始まった。
大きなことではない。
散歩をする。
カフェラテを飲む。
ハムスターを見る。
昼寝をする。
好きな人の返信を待ちながら笑う。
そんな小さなことばかりだった。
でも不思議なことが起きた。
安心できる時間が増えるほど、
居場所を探したくなる回数が減っていった。
前は、
安心できる場所を探していた。
今は、
安心できる状態を作ろうとしている。
もしかすると、
居場所というのは見つけるものではないのかもしれない。
持ち歩けるものなのかもしれない。
私は長い間、
居場所を探していた。
でも振り返ってみると、
本当に欲しかったのは安心だった。