やることがないのに落ち着かない

最近、不思議なことに気づいた。

やることがない。

本当にない。

なのに落ち着かない。

仕事は終わっている。

家事も終わっている。

返信を待つだけ。

noteも書いた。

散歩もした。

カフェにも行った。

それなのに、

頭のどこかが言う。

「次は?」

昔の私は、

やることが多かった。

常に何かに追われていた。

仕事。

人間関係。

将来の不安。

お金の心配。

体調のこと。

次から次へと考えていた。

だから、

落ち着かない理由は分かりやすかった。

忙しかったからだ。

でも今は違う。

追いかけてくるものは少ない。

時間もある。

自由もある。

なのに落ち着かない。

ある日気づいた。

私は、

やることが欲しかったんじゃなかった。

「やることがある状態」

に慣れていたのだ。

考えてみれば当たり前だった。

長い間、

頑張ることが日常だった。

何かを改善する。

何かを片付ける。

何かを達成する。

それが普通だった。

だから、

何も起きていない時間が来ると、

脳が混乱する。

「あれ?」

「今なにか忘れてない?」

「本当に大丈夫?」

と確認し始める。

でも実際には、

忘れていることなんてない。

ただ静かなだけだ。

そのことに気づいてから、

少しだけ見方が変わった。

落ち着かないのは、

問題が起きているからじゃない。

静かな状態に慣れていないだけかもしれない。

私は今まで、

嵐の中で生活していた。

風が吹くのが普通だった。

波が高いのが普通だった。

だから、

急に海が穏やかになると不安になる。

でも本当は、

穏やかな海の方が異常ではない。

むしろ普通だ。

最近は、

ソワソワしても少し待つようになった。

何かを始める前に、

一回立ち止まる。

「本当にやりたいの?」

それとも、

「落ち着かないから動こうとしてるだけ?」

と聞いてみる。

するとたまに、

驚く答えが返ってくる。

別にやりたくなかった。

ただ静かな時間が怖かっただけだった。

だから今は、

やることがない時間も練習中だ。

何もしない練習。

急がない練習。

穏やかな日に慣れる練習。

正直まだ下手だと思う。

すぐ何かを始めたくなる。

スマホを開く。

noteを書く。

企画を考える。

散歩に出る。

でも少しずつ分かってきた。

落ち着かないことと、

動かなければいけないことは、

同じではない。

今日も少しソワソワしている。

でも前よりは知っている。

そのソワソワは、

問題のサインではなく、

新しい生き方に慣れる途中の音なのかもしれない。